My Cinema Talk World: アントン・イェルチンとの出会い。

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2016/06/21

アントン・イェルチンとの出会い。


長い年月を生きていると他の国のキリスト教徒のようにただひたむきに神を信じたい時がある。
神を信じるためには、「神が人々に為すことは絶対正しいものでなければならない」と考えていた時期があった。
神を信じる者は、時として“神”の存在に疑念を抱くこともあるのだろうか。
疑念を募らせながらも、信じることは続けるのだろうか。

テレンス・マリックの『ツリー・オブ・ライフ(2011)』では
「災いは善なるものにも訪れる」
とヨブ記を引用している。
ああ、神さまは善人にも心ない死を与え賜うのか!それならば...善人も悪人も同じ扱いなら、どう生きてもいいじゃないか!
そんな稚拙な思考に走りはするが、どうやらとりあえずの倫理観は中途ハンパに備わっているようだ。
この年齢になっても尚、人の死を受け入れられない時がある。
いくつもの死を経験していながらも、一定の時間を経ても人の死と折り合いをつけられない自分がいる。
「なぜ、あんなに素晴らしい人がこんな不可解な死を迎えなければならないのか?」
ちょうど二ヶ月前に、こんな想いに押しつぶされそうになる事件があった。
今、それを乗り越えたかといえば、乗り越える為に大きな岩に必死にしがみついている状態なのかもしれない。
少々前置きが長すぎました...

昨日、再び心ない神に裏切られたという気持ちにさせられる事件が起きた。
若い魂が悲惨な事故で奪われてしまった…アントン・イェルチン、27歳。
事件の詳細を改めて記すことは避けたい、逝ってしまった事実だけを粛然と受け止めるだけにとどめたい。


私が、彼 アントン・イェルチンと出会った映画は『アトランティスのこころ(Hearts in Atlantis 2001)』だ。
クリンクリンのパーマがかかった(多分、天然だと思う)髪、キラキラしたグリーンの瞳に風邪の治りかかりの時のような鼻声...その声には年齢以上の力があった。
小学校高学年頃に一時プクプクと太りだす時期が子どもにはあるものだが、アントンもその作品では健康そうにプックリとしていた。


演技もさることながら、彼の存在だけで少年時代特有の輝きが作品に満ちていた。
それぞれの少年少女時代の夏の日々を呼び起こす作品、「あの頃」の映画だ。
原作は、スティーブン・キング。
『スタンド・バイ・ミー』は同世代の少年たちの友情にスポットをあてた名作だが、本作は不思議な力をもつ老人テッド(アンソニー・ホプキンス)と、母子家庭に育つボビー(イェルチン)とのひと夏の出来事と二人の友情を描いている。
イェルチンの演技から、利発で感受性が鋭く洞察力が備わった子どもで、自分が母親から十分な愛情を受けていないのに擦れていないところは、ボビーが11歳という年齢以上に大人であろうことが伺える。
子どもたちの輝きと対をなすのが、大人たちのイヤな部分だ。特にボビーの母親がその典型だ。
いつも子どもに嘘をつき、お金がないのは「父親がお金を残さなかった、賭け事で負けてばかりいた」と言い訳がましく繰り返す、残業だセミナーだと言い訳して男達と肉欲に耽る。
(いいわけばかりしながら子どもに嘘をつく大人は、 私の周囲にもいたような気がする。)
ノスタルジーのみにとどまらず、自分が今大人である現実に向き合わされ子どもにどう接しているかを考えさせられる、手厳さもある作品だ。



テッド役のアンソニー・ホプキンスは、初めてアントンと向き合ったときのことをこう振り返っている。


トム・ソーヤを思い出したね…
性格もよさそうだったし、彼の本読みには舌を巻いた
ほどよい自信が満ちていて、ただただ素晴らしかった
子役としてだけではなく、アントンはきっと役者として残るだろう
彼はとても物知りで、好奇心が強いんだ
「ハムレット」を深く知りたがっていたね…どん欲とも言えるほどだった
母親ができるかぎり、良質な教育を受けさせたらしい
彼も音楽や文学に関しては、相当努力している
ギターも上手で、音楽的な才能も感じた
(『アトランティスのこころ』特典映像より)

「子役としてだけではなく、役者として残る」
…響く言葉だ。
そして
今だからこそ、胸が締め付けられる。

アントンはどことなく“子犬”のような人なつっこさを備えていて、それが魅力だった。
何よりも彼の表情には邪心が見えない、一点の曇りも感じられない。
演じてきたキャラクターも、そういう役回りが多かった。
彼が天に召されてしまったことをまだ信じたくない...40歳くらいになった彼の演技を私は見たかった。
ネットのゴシップ記事などから出来るだけ遠ざかり、彼の演じてきた作品を見直したいと考えている。

近頃、アメリカで公開された『Green Room(2016)』は、日本で公開されるのだろうか?