My Cinema Talk World: 『ソロモンの偽証』 − 中学2年生。彼らなりの折り合いの付け方

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2015/09/04

『ソロモンの偽証』 − 中学2年生。彼らなりの折り合いの付け方



「ソロモンの偽証」前編・後編を見ました。
ここのところ、新作ばかりではないですが邦画をよく観賞していますが、いいですね〜和モノ。
ここ半年だと

紙の月
福福荘の福ちゃん
Wood Job!
海炭市叙景

この辺、気に入りました。
(まったくブログに綴っていませんが...追々アップしていきます)

うーん…あと「山田孝之の東京都北区赤羽」を今頃みて、感動に包まれています。
テレビ東京って映らないもので、ようやく最近見ました。
「REPLAY & DESTROY」も、見ましたしねぇ〜。
ジョージアの動くスタンプもダウンロードしたし…映画には関係ないけど。
山田くんについては、次回のブログで綴るつもりです。

おっと余談が長くなりました。
こうしてみると、邦画も面白いものは結構ある。けれど屁でもないものも存在するとは思っていた。
しかしながら、よくよく考えれば、大昔、マッチとかトシちゃんが主演だった映画だってそういうレベルだったわけであって…薬師丸ひろ子のとかもね。
先に「屁でもない」と言ってしまった作品は、子どもたちがこれから「恋愛に役立てる教科書」ともいえる作品であって、彼らの年代には、なくてはならない“バイブル”なのだと変に納得しています。
ただし、個人的にそういう類いの映画は昔っから見なかったけれど。

今回、観賞した「ソロモンの偽証」も、そんな中2年代の子どもたちを軸に描かれています。そういう年頃のみずみずしさは一環して排除されていて、見終えた後は精神的にどっと疲れていました。とにかく重い。
緊張感もあったのかな…わが家は、家族全員で見ておりましたが、息子も「疲れた」とひと言言って部屋に籠ってしまいました。
一環して重苦しい、澱んだ世界観は、監督さんが前面に出したかったのでしょうね。
前編・後編に別れるのは、原作が超長いので致し方ないこと。

ストーリー
教師 中原涼子(旧姓 藤野)が母校 江東区立城東第三中学校に赴任してくる。新任の校長 上野に促され、伝説となった校内裁判の顛末を語り始める。
 1990年クリスマスの大雪の朝、藤野涼子と野田健一は、校舎脇で雪に埋もれた死体を発見する。同級生 柏木卓也だった。
柏木の自殺だと断定されるも、「柏木の死は自殺ではなく、大出俊次を含む3人の不良に殺された」という内容の告発状が、学校と刑事を父に持つ涼子宛に送りつけられる。学校側はカウンセリングと称して生徒の聞き込みをし、送り主を特定しようとする。

スタッフ
監督     成島出
脚本     真辺克彦
原作     宮部みゆき
製作     矢島孝、秋田周平
製作総指揮     大角正
編集     三條知生
制作会社     松竹撮影所
製作会社     「ソロモンの偽証」製作委員会
配給     松竹
公開
2015年3月7日(前篇)
2015年4月11日(後篇)

キャスト
藤野涼子  藤野涼子
神原和彦  板垣瑞生
三宅樹理  石井杏奈
大出俊次  清水尋也
浅井松子  富田望生
野田健一  前田航基
柏木卓也  望月歩
藤野剛   佐々木蔵之介
藤野邦子  夏川結衣
三宅未来  永作博美
森内恵美子  黒木華
佐々木礼子  田畑智子
浅井洋平  塚地武雅
浅井敏江  池谷のぶえ
茂木悦男  田中壮太郎
垣内美奈絵  市川実和子
楠山教諭  木下ほうか




息子が、木下ほうかが出てることにかなり反応していて、改めて「ほうかブーム」を見せつけられた思いでした。
つい先日、「あなたの隣に誰かいる(2002)」のDVDを見ていたので夏川結衣さんが中2の子どものお母さんの役柄が似合ってしまっていることに、ちょっと感慨深くなりました。
(偶然にも木下ほうかさんも出てたんですけどね、「あなたの隣…」にも)

厳粛で凄烈なプロローグ


プロローグは記録的な大雪の朝。
柏木くんの死体が見つかる辺り一面雪で覆われた静寂の朝。冒頭シーンが、よく出来すぎているがため「何?なにが起きるの?」ってバクバクしていました。
(原作も読んでいないし、映画の予備知識がまったくありませんでした)
凍てつく朝の空気と、凍り付く光景で否応なく震えました。
ただね、中2の女の子が雪の中から人の手らしきものが見えた時、あんなに必至に掘り起こす勇気があるかといえば「うーん??」って考えてしまうところではありますね。

演じたのはほとんどが素人の子どもたち


勇気ある少女藤野涼子役(後の新任教師 中原涼子)をはじめ、ほとんどがオーディションで選ばれた素人に近い子どもたちの演技が、絶妙です。
逆に演技に慣れ切っている俳優を並べていないのが功を奏しています。
親、教師などの役で、永作博美、佐々木蔵之介、夏川結衣などなどそうそうたる俳優陣が集結していますが、完全に脇に控えている体(てい)ですよね。
子どもたちで事件の真相を導くという面から、ジュブナイルの部類なのでしょう。
ただそれだけでなく、その年代の子どもたちには特有の表と裏の顔がある。いい子に見えるけど、何を考えているかわからないという怖さもあります。
表情の怖さ...何を考えているかわからない、彼らの二面性をカメラワークでしっかり捉えています。
子どもたちだけの世界で、新しいルールを作り実践して行く。
そういう面からたとえれば、楳図かずおの「漂流教室」の生徒たちを彷彿とさせる雰囲気。
まぁ、あれはもっと愛憎入り乱れた上に、得体の知れない生物に襲われたりしてラスト近くは...はっ、いけない!急に読みたくなりましたわ。

仲のいい友だちに見える樹理と松子が、じつはそうではなく、樹理が松子に酷い言葉を投げつけるところを目撃している藤野涼子。
さらに涼子を見つめる亡くなった柏木の目。この構図が何を意味するのか。
柏木の友だちだという他校の神原は一体?
そんなモヤモヤした疑念を孕んだ状況のもと、子どもたちだけの裁判が始まります。



なぜ、子どもたちは裁判をしたのか


子どもたちだけしか知らない問題を、親や教師でうまく纏めて終わらせてしまうということは実生活でも、ままあること。
「子どもたちのために」とか「子どもたちが傷つくから」という名目で、終わらせてしまうことに納得がいかなかったのでしょう。
「後編 裁判」は、子どもたちで選んだ検察と弁護人が証人に尋問を行うのですが、前編よりもさらに半端ない緊張の連続です。

裁判を開かなかったら、いつまでも拭い去れないモヤモヤを抱いたまま大人になっていく。
この裁判は、2年A組の生徒たちにとって、ある意味通過儀礼であったのでしょう。それを乗り越えたことで、彼らの人生は大きく変わったに違いありません。
この事件で、彼らは「自分たちだけで折り合いをつけること」を学んだのだと思います。

壮絶な経験をしながら生きてきた神原くんの言葉「それでも僕は生きていく」
涼子の「裁判をやらなかったら未来に立ち向かうことができなかった」

2人の言葉にこちらまで心がすーっとして、その後、感極まりました…カタルシスですよね。
前・中盤をあれだけ暗く撮っていたのは、このすがすがしさに持ち込む監督さんの意図があったのかな。

長さは感じられませんでしたが、緊張感がものすごいです。
傑作だと思います。



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